=====幻の湯煙温泉ぶらり旅 (聞こえは良いがサバイバル!?)プロローグ=====


「ふむ・・・」
まだ六月だと言うのに、この暑さ・・・全く、この世に神が居るならば、きっとサディズムなのだろう・・・と。罰当たりな事を考えながら、彼女は山道を歩いていた。

容赦なく降り注ぐ、真夏顔負けの日差し。側に池でも在るのか、時折蛙らしき鳴き声が断りも無く耳に入ってくる。
そんな中、地面すれすれの長い着物を優雅に捌きながら、女は頂上にある旅館を目指し山道を登っていた。内心暑いと思っているが、その額には一滴の汗も浮かんではいない。
藤色の長い髪が風に揺れ、怪しく光を放つ。余にも場違いな井手達で彼女は道を急いでいた。

「・・・・・・・」
漸く旅館に辿り着き。彼女は建物を仰ぎ見た。
木造二階建て(中庭付き)。冷暖房完備、露天風呂設備。
黒髪の兄が言っていた事を一つずつ思い出し、無意識のうちに目元が綻ぶ。
じっくりと外観を楽しみ、漸く大きな門を潜り抜け館内へと足を向けた。

カラカラカラ・・・

清んだ音と共に扉を開く。申し分の無い広い玄関・・・強いて言うならば、花が無い事くらいか・・・
「・・・・・・・・・・・?」
数秒待って、女はふと何かに気が付き、首をかしげた。

「・・・?何故、誰も出て来ぬのじゃ・・・?」

そう、普通なら誰かしら宿の者が迎えに来るもの。・・・いくら世間知らずの彼女でも訝しげに眉を顰めた。
こんな時は、何と言えば良かったか・・・そう、確か・・・
「御免・・・下さい・・・?」
生まれて始めて使う言葉のように、女は慎重にそれを口にした。
しかし、何分待っても誰一人出てくる気配は無い・・・。

「ふむ・・・?」
数秒考え込み、彼女は履物を脱いだ。足袋越しに伝わる、床の滑らかな質感。
館内はひんやりと肌に心地よく、しかし、静まり返っていた。
長い廊下を抜け、厨房を覗き。客間の前を通り過ぎ・・・やはり一向に誰にも出会わない。
露天風呂を横目に、どんどん奥へと進む女の足が、ふと一つの和室で止まった。

『管理人室』

木で出来たプレートを読み、襖に手をかける。
「・・・・失礼」
呟く様に断り、室内に目を向けた。
突然、鼻を突く独特の煙。黒い大きな箱に、何やら果物の数々。
・・・・・・女は漸く全てを理解し、独り言のように呟いた。
「・・・・・・・困ったのう・・・」
さして困ってもいないような声で、ひっそりと・・・


「は〜?旅館の管理人が、一週間前に死んだのを知らずに、次のイベント会場に選んじまったって!?」
広いリビングに、男の大声が響き渡る。
白銀の髪を鬱陶しそうにかき上げ、眉間に深々と皺を寄せ。忌々しそうに相手を睨む。

「・・・・ったく!そんな事で、人を起こしやがったのか?チッ・・・せっかく邪魔が入らず、気持ちよく寝てたってのに・・・」
乱れた裾を気にもせず、男は椅子の上で胡座をかきだらしなく座る。その足の間から長い猫のような虎模様の尻尾が流れ、床に垂れ下がる。
「・・・随分と冷たい言い様ですね?仮にも今この時に、可愛い兄弟が空腹を抱えて、旅館で一人泣いているやも知れないと言うのに・・・」
黒髪の弟の言葉に、一拍置いて白銀の男『白鈴』は動きを止めた。

「・・・・・・何だって?」
黄金色の瞳が真っ直ぐに弟に向けられる。その先で、黒髪の弟『黒鈴』は静かに眼鏡を外すと、優雅にハンカチでそれを拭き始めた。
「おい!」
「ですから…。管理人が亡くなられたのを知らず、既にあちらへ向かって頂いてしまい…。他の従業員には連絡が付きましたが、あそこは管理人自ら調理場に立たれていたものですから・・・本当に、困りましたね〜…」
漸く手元から視線を上げ、黒鈴は相手にチラリと目をやる。
その黄金色をした瞳に、一瞬だけ男の姿が映し出されたが直に手元へ視線を戻す。

「それって・・・」
言い掛け、白鈴はハッと気が付き言葉を止めた。
―――――…邪魔が入らず、気持ちよく眠れた・・・そう、いつもの邪魔が入らず・・・?
何度注意しても、毎朝人の部屋を乱暴に打ち鳴らす末の弟。今朝は何故か無かった合図…
そう…朝から見かけない赤鈴の姿・・・

「ちっ〜〜〜〜〜…!!!」

忌々しそうに一旦、黒髪の弟を睨み付け、荒々しく席を立ち自分の部屋へ駆け込む。
数秒で荷作りをしたのか、薄汚れた大袋を一つ引っ掴み慌てて駆け出してくる。
「こんっの〜…!!腹黒インテリ野郎!!さっさと言いやがれ!」
噛み付くように言い放つと、外の空間の海へと駆け出していった。

「・・・・・・・・ほう…?腹黒…インテリ…ですか」
一人残ったリビングで、黒鈴は静かに呟いた。誰に聞かせるでもなく、さして気にもしない顔つきで。白鈴の出て行った扉を眺め、優雅に紅茶を用意する。

バタン…

直後、突然背後の扉が開き何かが飛び込んできた。
「ただいま〜!!あ〜暑かった〜!」
薄汚れたフードを暑そうに脱ぎ捨て、赤髪の少年が近付いてくる。その後ろから、もう一人青い髪の男が両手に荷物を抱え付いて入ってきた。

「お帰りなさい。赤鈴・青鈴」
そんな相手をさして驚きもせず、男は優しく微笑み振り返る。
「も〜!ほら!頼まれてた本!コレだろ?」
少年は持っていた袋をガサガサ鳴らし、中から分厚い本を取り出し手渡す。

それを大切そうに受け取り、中をパラパラと捲って確認すると…
「ええ。有難う御座います・・・あ、そうですね〜…良かったら、これから外に食べに行きませんか?本を買ってきていただいた御礼です」
受け取った本をテーブルに置き、黒鈴は二人に問いかけた。
「え!マジで?良いの!?やった――――――!!荷物置いてくる!」
嬉しそうに駆けていく弟を眺め、黒髪の次男はニッコリと極上の笑みを浮かべた。

「邪魔な人も居ませんし、ゆっくりと食事を楽しみましょう…三人だけで」

ひっそりとした兄の呟きが、隣に居た青い髪の弟には聞こえていたが、あえて彼は何も口にはしない・・・ただ、心の中で…―――――――――――触らぬ神に、祟り無し。っと、だけ・・・


「・・・・・・・・・・」
女は位牌の前で手を合わせ、形だけでも拝んでいた。
実際にそんなに親しい間柄でも無かったし、人の生死にさして興味も無い。
ただ、そうする事で次に何をするべきか思い悩んでいた。

「…ん!何処だ―――!?坊!!」

荒々しい足音と共に、突然背後の扉が開かれる。女はふわりと振り返り、相手の姿に一瞬驚きながら口を開いた。
「兄者…?斯様な場所へ、何をしに・・・?」
「!?・・・紫鈴?」
相手も驚いたのか、自分と同じ黄金色の瞳を丸くして、凍りつく。
「何だってお前が…?坊は?・・・赤鈴は何処だ!?」
辺りを忙しく探りながら、白鈴は妹に問いかけた。
藤色の長い髪。切れ長で整った黄金色の瞳。その右下に在る泣き黒子。都夢家の長女にして紅一点。『紫鈴』がそこに居た。

「?何を言って…?末ならば、朝から『下の』と買い物に行くと、出て行ったではないかえ?尤も、兄者は眠っていた様だが…」
不思議そうに答えながら、女は音も立てず立ち上がり、着物の裾を静かに払う。
「はあ!?だって黒の奴が・・・!!」
少し間の抜けた声と共に言いかけ、兄はふと口を閉ざした。

――――――・・・可愛い兄弟が空腹を抱えて、旅館で一人泣いているやも・・・

「〜〜〜〜〜〜〜!!!」
「その様子では、また兄上に謀られたようじゃのう…」
黒髪の次男の姿を思い浮かべ、紫鈴は口元を隠すように扇子で覆った。
忌々しそうに眉間を顰め、獣のような牙を剥き出す長男を眺め、内心ポツリと呟いた。
―――――――――…やはり兄上の方が、何枚も上手のようじゃ・・・

「あの野郎〜〜〜!!ッチ…」
「あ!待…兄者!!」
踵を返し、元来た道を戻ろうと駆け出す兄を紫鈴は急いで止めた。
素早く手を動かし、白鈴の虎柄の尻尾を鷲掴みにする。

「痛っっっ――――!!?何しやがる紫鈴!」
よほど痛かったのか、少し目を潤ませ、耳まで赤くして白鈴は吼えた。しかし、振り向いた先の相手の顔に、全てを理解し凍りつく・・・

「わらわに、厨房に立てと申す気かえ?」

黒鈴に良く似た極上の笑みで、可愛い妹は尻尾を掴んだまま問い掛けて来た。
有無を言わせぬ口調で・・・ハッキリと。

「・・・・・・・・・ハ〜・・・・ッチ!」
白鈴は重い溜息と共に、本日何度目になるのか?舌打ちをし、天井を仰いだ。

―――・・・俺様な正確の妹って、何て言うのだろう・・・やはり『私様』?否、こいつの場合は『わらわ様』なのか・・・?
如何でも良いような事が頭を駆け巡り、白鈴は全て諦め瞳を閉じた・・・。




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