=======幻の星降る夜======


笹の葉 さらさら
 軒端にゆれる
お星様 キラキラ 金銀砂ご


「―――――――・・・?」
やや広めのリビングで、男は差し出された長方形の紙に首をかしげた。

ここは『ひずみ』。全ての世界の間に位置する世界。
何も無く、ただ無限に広がる闇と、数え切れない扉のみが漂う場所。
そんな空間にポツリと一件。
他の誰でもない、この世界に暮らす『鍵護人』の兄弟。都夢家の住処だ。


「何・・・?」
青年は形の良い指で紙を受け取り、不思議そうに裏返す。

「何って『短冊』だよ♪今夜は『七夕』だろ?」
白い歯を覗かせ、赤毛の少年はニッコリと兄に微笑む。
その手には、自分で切ったのか、やや不揃いな色紙が無数握られている。

「七・・・夕・・・」
「そう!年に一回、願い事を書いて笹に吊るすんだよ〜♪後で取りに来るから、青兄も願い事、書いて置いて!」

忙しく走り去る弟を眺め、青鈴は再び短冊に視線を落とした。
その黄金色に輝く瞳に、薄い色紙が映し出される。
―――――・・・己の髪と同じ色をした蒼い短冊。

「俺の・・・願い・・・」
まるで自分自身に問い掛ける様に呟き、青年は窓の外に眼をやった。
何処までも続く暗闇。そのあちら此方で、別空間と繋がる扉から漏れた明かりが、星のように輝いている。
窓ガラスに映る自分と目が合い、もう一度心の中で呟いた・・・。
―――――・・・俺の願いは・・・


      ピチャーン・・・

「・・・?」
薄暗い廊下を振り返り、男は足を止めた。
ヒンヤリとしたコンクリートの建物。その、あちら此方にペンキで何やら、意味不明な落書きがしてある。
「・・・・・・・・・」
数秒、物音のした暗闇を無表情で観察し、男はたいして興味が無いように、再び暗闇を歩き始めた。
長い廊下・・・ふと、視界に白っぽいものが入り顔を上げた。

『3-C』

薄暗い中、微かに文字が読み取れる。
(―――――――――・・・オレは・・・ココで・・・)
無意識にズボンに入れた指先に、何かが小さく音を立てた。

「・・・・・・・・ああ・・・行かない、と」
ソレが何かを思い出し、また暗闇へと足を進める。
長い廊下を抜け、頂上の見えない階段を登り・・・
漸く、薄汚れた大きな扉に辿り着いた。

ギギ・・・・・

長い年月を経て、開かれた扉は重い悲鳴を辺りに響かせる・・・
「・・・・ッ・・・」
突然、視界に光が飛び込んできて、青年は顔の前に手を翳す。
闇夜に浮ぶ大きな満月。
ソコだけ夜空に穴を開けたかのような、違和感・・・
その月光を一身に浴び、ソレは風に体を撓らせていた。

―――――――・・・細く長い竹

男は無言で竹に近付くと、ズボンから何かを引っ張り出した・・・
青い、やや折れ曲がった薄い紙。
昼間、弟から受け取った短冊を青鈴は器用に竹の先端へと括り付ける。
風に揺れ、今にも引き飛ばされそうな危うい青い紙。

――――――――・・・まるで、自分を見ている様だ・・・

微かに眉間に皺を寄せ、短冊から月へと視線を移す。
丸い・・・大きな月。今にも落ちて来そうな・・・

「・・・・・Fly me to the moon・・・And let me play among the stars」
青年の口から、滑らかに歌が零れ落ちる。
「Let me see what Spring is like・・・」

それは、優しく・・・そして、強く・・・まるで誰かに問い掛ける様に・・・
「On Jupiter and Mars・・・In other words, hold my hand!」
月明かりが青年の蒼い髪を優しく包み込む。
「In other words, darling, kiss my!」

それは、祈るように・・・嘆くように・・・・
月と同じ色の瞳を、そっと目蓋で閉ざし。青鈴は歌い続ける。
「Fill my heart with song,・・・And let me sing forevermore」
その横顔は何処か儚げで・・・今にも泣き出しそうな子供の様で・・・
「You are all I long for・・・All I worship and adore」

・・・叫ぶように・・・自分の全てを曝け出して・・・
「In other words, please be true!」
「・・・・・・・In other words, I love you・・・」
全てを歌いきり、再び目蓋を開く。黄金色の瞳が、月明かりに怪しく煌いた。

「・・・・・・・・・暁・・・」
腰に提げた双剣が、ズンっと重みを増したような気がして、無意識に指を添える。

「・・・月はまだ、空にあるのに・・・何で、俺の側には・・・貴女は居ない…?」

それは答えの出ている、訪い掛け。結果の出た、現実。
自分の目の前で死んでいった『あの人』を思い出し、青年は静かに月を仰いだ・・・


「青兄――――!!来てる!?」
突然、背後の扉から騒音のような高い声が響き、青年は慌てて振り返った。
「赤・・・遅かった、ね・・・?」

見ると、大きな扉に寄り掛かる様に、赤毛の弟が息も絶え絶え立っている。
その顔は、髪の色に負けないくらい赤く熱り、大きな目元にも薄っすら光るものが浮かび上がって・・・?

「?赤・・・如何した・・・?」
「如何したじゃ無いよ!!急に居なくなるなってば!心配するだろ!?」

ズンズンと顔を怒らせ、赤鈴は兄に駆け寄る。

「も〜!!・・・・・・・・・・・・怖かったん、だから…な・・・」
その長い足に抱きつき、少年は消えるような声で呟いた。

「・・・・ん・・・ごめん・・・」
その声が聞えたのか、蒼い髪の兄は優しく弟の背中を叩く・・・

「・・・・あ!?あああ〜!!!」
ふと、兄越しに何かを発見し、赤鈴は奇声を上げた。
「・・・?」
不思議に想い、弟の視線の先に顔を向けると・・・

「青兄!!アレって俺が渡した短冊!?何、もう飾っちゃったのか〜?」
素早く兄から離れ、短冊を読もうと竹に近付く弟を、青鈴は急いで捕まえた。
「・・・・・赤・・・駄目」
消え入りそうな擦れた声で引きとめ、後ろから長い腕でホールドする。

「ええ〜?・・・・う゛〜・・・解ったよ、読まない・・・読みません」
不満そうに兄を仰ぎ、少年は口を尖らせ約束した。
「・・・・じゃ〜・・・もう、行こう?下で皆が待ってるよ♪」
ニッコリ微笑み兄の腕を引いて、走り出す。その小さな温もりに、引かれるがまま・・・
青年は月明かりの元を離れた・・・・


月光の下。長く撓った竹の先で、蒼い短冊が風に踊る・・・
誰にも読まれないよう、一番先端に括り付けられた願い事を、ただ月と無数の星だけが眺めていた・・・


――――――――・・・・汝の、願いは・・・・・?




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